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痴呆に学ぶ人間の話

−第1部−

このページの目次

−第1部−

  1. 人間は万物の霊長
  2. 個体発生は系統発生を繰り返す
  3. サルからヒトへ、更なる進化は脳の進化
  4. 脳の基本的な機能:情報処理とは?
  5. 脳の話

−第2部−

  1. 脳の働きから見た人間らしさとは?
  2. 人間として限定された働きしかできなくなった脳の状態:痴呆
  3. 脳の「廃用症候群」
  4. 人間として生きる

1.人間は万物の霊長

 『人間は万物の霊長』と言われています。「霊長」とは、「不思議な能力があり、最も優れている」ということだそうです。つまり、『人間はこの地球上の生物の中で、最も能力があり、優れている存在』ということです。確かに、進化論は人間を生物進化の頂点に位置させており、まさに、人間を『万物の霊長』の地位に位置付けています。しかし、それは生物進化というピラミッドを勝手に作って、その頂点に人間を置いただけのことです。

人間は『万物の霊長』なのでしょうか?

 私は、これから、人間が『万物の霊長』である所以について、生物進化の観点から、そして脳の働きから、思うままにお話しさせて頂こうと思います。

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2.個体発生は系統発生を繰り返す。

 地球の歴史46億年、太古の海に原始生物が現れてからも40億年という、まさに悠久の年月が流れています。この40億年の歴史の中で、地球上の生物は原始的な生物から高等生物へと進化してきたと考えられています。

 単細胞生物から多細胞生物へ、単純な形態・機能の生物から複雑な形態・機能の生物へ、無脊椎動物から脊椎動物へ、魚類両棲類爬虫類、そして、哺乳類へ。

 実は、私たちは、この40億年にも及ぶ悠久の生物進化の歴史を生まれる前に、一人一人がたどってきているのです。母胎の中で受精した卵は単細胞です。その受精卵はどんどん細胞分裂を繰り返して多細胞になっていきます。最初は丸い細胞の塊であったものが徐々に複雑な構造を形作っていきます。その過程で、無脊椎動物によく似た形態をとり、さらに、脊椎が生じた後には、魚類、両棲類、爬虫類、哺乳類と、それぞれの胎生期によく似た形態をとりながら成長していきます。

生物進化の図

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3.サルからヒトへ、更なる進化は脳の進化

 人間の赤ちゃんは、生まれたばかりのときは、サル(チンパンジー)の赤ちゃんそっくりです。ということは、個体発生において繰り返すのは、生物進化の歴史上、サルまでだということです。ですが、人間の赤ちゃんは成長するにつれて、ちゃんと人間になっていきます。このことは、人間は生まれた後にも生物進化の道筋をたどるということを示しています。つまり、人間は完全で生まれてくるのではなく、生まれてから人間になるのです。

 人間の成長というと、身長や体重の増加という目に見える発育のことを想像しがちですが、人間において、生後に最も成長するのは中枢神経系、特に、です。

 中枢神経系は生物が複雑になった体を秩序を持って動かすためには必要不可欠な器官です。体が複雑であればあるほど、さらに、その生物の動きが複雑であればあるほど、中枢神経系は発達しています。生物進化における中枢神経系の発達は、脊髄脳幹小脳間脳大脳という中枢神経系の分類に対応しています。下位から上位の中枢神経系に向かって進化発達してきたと考えられています。

中枢神経系の図

 脊髄は反射的な動きを司る部分で、下等な無脊椎動物の動きに対応します。脳幹は呼吸や循環という生物が生きるための最も基本的な部分を司ります。そのため、“植物脳”と言われることもあります。小脳はパターン化された運動機能を司る部分です。間脳の機能はひとことでは言い表せませんが、脳幹と大脳とをつなぐ中継地点であり、入力及び出力情報の統合を行なっています。また、自律神経系と内分泌系をコントロールする上位センターでもあり、体の恒常性維持にも関与しています。大脳において様々な働きを為しているのは大脳皮質で、これは、旧皮質新皮質という二つに大きく分けられます。旧皮質は、食欲・性欲といった本能、怒りの感情などを司っている大脳辺縁系から成り立っている部 分で、生存のための行動を司ります。小脳・間脳・大脳旧皮質は、魚類や両棲類や爬虫類において発達してきました。そのため“爬虫類脳”と呼ばれることもあります。そして、その上位の大脳新皮質は、高等な機能を司っている部分で、哺乳類において初めて出現し、発達してきました。そのため“哺乳類脳”と呼ばれることもあります。

 さて、このように中枢神経系は進化発達してきたわけですが、サルも人間も哺乳類であり、大脳新皮質まで発達してきているのに、サルの赤ちゃんはサル、人間の赤ちゃんは人間になるのはなぜでしょう。

 大脳新皮質は、多くの脳細胞からなっており、脳の場所によって働きが異なっています(機能局在。哺乳類の中でも各々の動物において大脳新皮質のどこが発達しているかという違いがあり、哺乳類の進化とともに大脳新皮質も発達してきたのです。人間の赤ちゃんはサルの赤ちゃんと同レベルの段階にあると言えます。そして、サルと人間とを分けるものは、生後に大脳新皮質のどの部分が発達するのかに顕われているはずです。サルの脳に比べて人間の脳で発達している部位は、言語に関する部位(言語野)と、大脳の前の部分、前頭葉の中のさらに前のほう、前頭前野と言われている部分で、ここは特に人間において特徴的に発達しています

 下記にチンパンジーとヒトの脳の比較データの一部を挙げておきます。

チンパンジーとヒトの脳の比較データ(一部)
チンパンジーヒ ト
脳容積380t(45kg:標準)11001500t
前頭前野
の表面積
6,719o2392,871o2
大脳新皮質に
占める割合
16.9%29.0%

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4.脳の基本的な機能:情報処理とは?

 ここで、脳を含めた中枢神経系の働きについて、基本的なことを確認しておきたいと思います。

 中枢神経系の働きを簡単に言い表しますと、情報処理ということになります。処理と聞くと、なんだかごみ処理を想像してしまって、情報処理というのは巷に氾濫している情報を何らかの方法で処分してしまうような印象を持たれるかもしれませんが、全く違います。  情報処理を理解するには、入力出力ということを理解する必要があります。この辺のことはコンピューターに詳しい人はすぐに理解できることなのですが、ひと通りおさらいをしておきましょう。入力とは情報が入ってくること、出力とは情報を送り出すことです。この入力されてから出力するまでの間に行なわれることが、情報処理です。例えば、テレビを例にとると、放送電波にのっていた電気的な信号情報がアンテナを通してテレビに入力され、その情報が、我々が見ることができる画像情報に変換され、画面を通して出力されるわけです。このときテレビは、電波という見えない情報を画像という見える情報に変換したわけで、これが、テレビが行なった情報処理です。ですから、情報処理とは、入力された情報を加工・修飾して異なった情報として出力することだと言えます。

情報処理の図:例 テレビ

 このような情報処理を中枢神経系は行なっているのです。入力五感を通して入ってくる感覚情報です。出力言動や行動など我々が外に向かって表現するすべてのことです。

 例えば、熱いお鍋に手で触れたときに思わず手を引っ込めてしまいますが、これは、お鍋に触れた手からの熱いという皮膚の感覚情報が脊髄に入力され、脊髄から腕の筋肉に 腕を引っ込めるような情報が出力されたからなのです。この場合は、脊髄反射なので入力された情報はほとんど加工・修飾されずに出力されますから、とても単純な情報処理ですが、スピードが速いのが特徴です。

情報処理の図:脳

 では次のような場合はどうでしょうか。一人の女性がある店のショーウインドウに飾ってあった服を買うという場面を考えてみましょう。入力は、ショーウインドウの中の服という視覚情報です。そして、出力は、その店に入って服を買うという行為です。この場合、服を見てすぐに買うという人はいないでしょう。それではまるで脊髄反射で生きているようなもので、到底人間とは思われません。その女性も2、3分その場で考えてからお店の中に入っていき服を買ったのでした。つまり、服を見てから買うまでに、様々な情報処理が行なわれたのです。例えばこんな具合です。その女性は10分後に友人との待ち合わせがあり急いでいました。そのとき偶然ショーウインドウの中の服に目がいったのです。色や柄はまさに自分の好み、ちょうど欲しかった服でした。買い物で来ていたのならすぐ買うのに、そのときは友人との待ち合わせがありました。もし買えば、これから一日中荷物を持って歩き回らなければなりません。また、お金のほうも心配です。今買わなくても明日買えばいいとも思えます。でも、明日来てみて既に買われてしまっていればとても後悔することでしょう。どうしょうかとても悩みます。時間もありません。早く決断しなくては…。というように迷った挙句に、買う決心をして、買う行為に及んだのです。これはかなり複雑な情報処理が脳の中で為されたと考えられます。服を見たから買うとか、気に入った服だから買うというような単純なことではないからです。

 このような例からも、我々の脳はとても高度な情報処理を行なっているのだなと察しがつくと思います。

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5.脳の話

 それでは、我々の脳はどのようなものなのかを、大雑把にでも見てみることにしましょう。その前に、我々の体の神経系という大きなシステムについて見ておきたいと思います。

 我々の体の神経系は、中枢神経系末梢神経系の二つの大きな系統から成り立っています。末梢神経というのは、中枢神経系から枝のように伸びて体の隅々まで行き渡っている、いわゆる“神経”のことです。これには、感覚神経運動神経があり、感覚神経とは五感で受け取られる外界の情報を中枢神経系に入力するためのもので、運動神経とは中枢神経系で処理された情報を出力し筋肉を動かすためのものと考えて良いです。それぞれ情報を伝えるだけの働きをしています。

 今の説明からも察しがつくと思いますが、中枢神経系が情報処理をしているわけです。この中枢神経系は大きく脊髄の二つの部分から成り立っています。そして、は、脳幹小脳間脳大脳半球から成り、大脳半球で様々な働きを為している大脳皮質は、旧皮質新皮質から成り立っていることは、先程もお話した通りです。実際には、それぞれさらに細かく分かれていますが、あまり細かい話をしても混乱するだけと思いますので省略して、大脳の機能局在の話をします。

 ヒトの大脳にはたくさんのがあり、その中のあるものによって大脳は大きく、前頭葉頭頂葉側頭葉後頭葉の四つの部分に分けられています。これら四つの部分は各々特徴的な働きを為しています。大雑把に言うと次のようになります。後頭葉は視覚認知を司ります。側頭葉は聴覚認知と記憶を司ります。頭頂葉は体性感覚の認知とすべての感覚情報の統合を司ります。前頭葉精神機能の座と言われており、また運動機能を司ります。頭頂葉・側頭葉・後頭葉は総じて情報の入力を司り前頭葉は情報処理と出力を司っていると考えて良いです。

大脳機能局在の図

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