しかし、第二章で見てきましたように、物質的な側面で自分という存在を追究してみても、その存在は益々曖昧になってしまうだけであり、このような物質に捕らわれた考え方は、私にとっては、とても窮屈で仕方がないのです。
では、この窮屈さを払拭することはできるのでしょうか?
さあ、さらなる旅を続けましょう。
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