それでは、青函連絡船の待合場所での腿の件はどうでしょうか?待合場所にしゃがんでいる私の腿に、体外離脱した私が置いた手のぬくもりが伝わったのでしょうか?
体外離脱中だとすると、腿の上に手を置くこと自体できないはずです。また、体外離脱中の体に温かさがあるのかどうかも疑問です。それから、この時は、温かさが伝わるようにイメージしながら腿の上に手を置いたわけでもありません。
では、やはりあの夢は体外離脱体験ではなかったのでしょうか?
私は、この時も、何らかの情報がしゃがんで待っている私に伝わり、腿の上の温かさという感覚を脳に生じさせたのだと考えています。“何らかの情報”というのは、まだよくわかっていませんが、夢を見ている私のしゃがんでいる私に対する「本当にがんばったな。」という“思い”に関係しているのではないかと思っています。「思いは伝わる」とか「思いは現実化する」などとよく言われますね。つまり、“思い”は“情報”なのです。