しかも、この条件というのは、その人が生まれ育った社会的環境という意味だけではありません。まず、その人の『からだ(BODY)』によると思うのです。魂が、肉体と霊(広義)とを合わせた『からだ(BODY)』とは別次元に存在しているというのは、魂が人間としての生を送ることを決めた時に、その一部を宿らせるべき『からだ(BODY)』を選択するということだと考えています。別な言い方をすれば、『からだ(BODY)』とは、人格の種となる魂の一部の入れ物、“器”であるということです。あるいは、乗り物と言った方がより適切でしょうか。魂は『からだ(BODY)』という乗り物に乗って、人の一生を体験するのです。ですから、人間としての生を送る時、どのような人格が表現されるかは、どのような『からだ(BODY)』を選択するかで大きく変わってくるのです。

 よく、スピリチュアルな分野において、人は生まれる前に自分の人生を選択して来るとか、人生の計画を立てて来るなどと言われているのは、このような意味なのではないかと思います。魂や霊の次元は時間を超越していますから、私たちにとっての未来が、魂にとっては未来ではないのです。私たちの一生分の未来は、選択された『からだ(BODY)』にあらかじめ織り込まれているのではないでしょうか。ですから、わざわざ犯罪を犯すような人生を送る『からだ(BODY)』を選択してこの世に生を受けるということもあるのではないかと思います。

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