“本当の実力”とは、応用力のことです。私の例で言えば、同じ病気でも一人一人違った状態・状況にあるわけですから、一人一人に合わせて診断・治療を導き出せることが“本当の実力”です。このようなことは、“なぜその答えを導き出せるのか”という、答えに至るまでのプロセスがわからなければできないことです。「教える」上で大事なのは、“プロセスを習得させること”なのです。プロセスを習得する為には、最初は大変でも、答えに至るまでの一つ一つのステップを自分で歩んでいかなければなりません。その時先生は、生徒が答えを導き出す為の材料となる知識や技術を提供し、後は、その生徒を“待つ”のです。現代日本人は、“待つ”ということは非生産的で無駄なことだと思っている人が多いようですが、そんなことはないのです。必ず後に花が咲くのです。また、待っている間は何もしていないのだから、暇で楽だろうと思っている人も多いようですが、そんなこともありません。待っている間、その生徒へのサポートと周囲へのフォローは、先生自ら行わなければなりません。また私の例で言えば、研修医がある患者の診断を導き出すまで、それが遅くなってはいけませんから、放ったらかしにはできません。常に限界を見計らっていなければなりません。また、研修医の能力を超えるところは自分が行わなければなりませんから、指導している研修医の能力を的確に判断して行かなければなりません。自分一人で行えば、どんなにか速く楽に行なえることでしょう。「教える」ということは、とてもエネルギーのいることなのです。
あの頃の私は「教える」ということがどういうことなのかを考えることはおろか、自分自身のことを省みることすら、できる余裕はありませんでした。何年もたって少し余裕ができ、様々なことを考える中で、なぜ自分にはあのような教え方しかできなかったのかがわかりました。それは、自分に“自信がなかった”からです。自分に自信がなかったので、他の研修医が自分と違うやり方をすることに過敏に反応していたのです。それはそうです。幾ら寝る間もないほど病院で働き詰めの生活をしていたからと言って、たかが4、5年で何でもわかるようになるわけはありませんから、驕れる程の自信なんて持てる方がおかしいのです。当時の私には、研修医を指導しながら自らも学ぶという意識が欠けていたのです。